杉並区議会議員(無所属) 堀部やすし最前線2001

学校給食調理を考える (全4回シリーズ・その1)
学校給食の実態を検証する


 杉並区では、今後、学校給食の調理業務については、順次民間の方にやっていただく方針となりました(なお、区の障害者施設の給食調理は、すでに以前より民間の方にやっていただいています)。

 この問題は、山田区長が誕生して以来、検討されてきたことですが、区の職員(公務員)の処遇・雇用に関わる問題でもあり、職員組合(労組)などから強い反発が出ていました。

 私は給食や調理・衛生・栄養問題などについては全くの門外漢でしたが、区議会の文教委員である以上、この間、さまざま検討する必要に迫られました。幸いにして、私の妻は栄養士(管理栄養士)免許をもっていることもあり、この間、中立的な立場から多くを勉強する機会に恵まれました。

 この問題は、賛成派・反対派の双方から、相手方を「非常識」とする意見が出されてきました。さて、果たしてどちらが非常識なのか、4回にわたって、じっくり検証していきたいと思います。

※ なお、杉並では自校調理方式をとっています。いわゆる「給食センター方式」(共同調理方式)ではありません。今回の案も、自校調理方式のうえで、民間人に調理業務を委ねるものです。また、導入は段階的に行われますので(退職者不補充+配置転換)、いわゆる「クビ切り」を伴うリストラはありません。

 区の調理員の平均年収は、約800万円

 最初に、現在の学校給食がおかれている現状を確認したいと思います。

 まず、私の妻は、資格取得の際、民間病院と学校の両方に栄養士実習に行っていることもあり、その協力を得たうえで、双方の状況を比較してみました(下表を参照ください)。実働180日の給食調理員(栄養士ではない)の平均年収が約800万円というのには、驚かれるかもしれませんが・・・

 「学校給食」と「病院給食」を比べると・・・
. 民間病院 学校(杉並区立中の場合)
給食提供回数  一日3食・年中無休  一日一食・年間180日強
メニュー構成  症例・患者により千差万別。
 糖尿病をはじめ、食事がまさに生死を分ける場面は少なくない
 最近ではアレルギー対応があるが、基本的には全員一律である
カロリー計算  症例・患者により千差万別。
 糖尿病をはじめ、食事がまさに生死を分ける場面は少なくない
 小学校の場合は低中高学年別にするが、基本的にメニューは同じである
一人の栄養士が担当するメニュー  患者・症例・体調ごとにまるで異なるため、多種類に及ぶ場合も多々。  基本は1種類
 カロリー差でも3種類程度
常勤職員の待遇  病院によって差があり、なんとも言えないが、一般に年収も福利厚生も公務員より低いようだ。

 完全週休2日でない場合もみられ(実働240日以上)、土日祝日・年末年始も働く(=休暇は不規則)など条件は厳しい。担当するのは、一日2〜3食。
 平均年収は、約800万円。

 給食実施は、年間180日程度。日祝・年末年始・有給休暇もあり、一般にその消化率は民間より高いようだ。
 常に「病気」と闘う毎日であり、必ずしも良好な労働環境とは言い難い。病人相手のため、そのメニューも千差万別で楽ではない。

 常勤以外の調理員も多い。学校給食現場のように、労働時間内であるにもかかわらず、ただ待機しているだけのような時間は一般にないようだ。
 そもそも一日1食しか提供する必要がない。学校給食の地域活用も、組合と条件が折り合わず、行われていない。

 調理員の多くは、常勤(フルタイム)職員である。しかし、勤務日のうち48〜60日は給食がない(なお、その間の研修実施日は2日)。組合の力は強く、その影響力も大きいため、民間同業種より確実に待遇がよいといえる。
備考  食中毒もさることながら、塩分を数ミリグラム間違えただけで死に至る場合もあるため、緊張感が学校とはまるで違う。同一人物でも日によって対応が異なる場合もあり、単純労働とは言い難い。  食中毒さえ注意すれば、死に至る恐怖は少ない。強いて言えばアレルギー対応か。ただ、一日一食しか提供しないため、病院と比べて、のんびしている。

 現在、給食調理員の多くは、常勤職員(フルタイム職員)です

 学校給食は、一日1食・昼食だけを提供するものです。このため、給食調理員も、パートやバイト・非常勤だと思っている方も多いかもしれません。しかし、そうではありません。調理員さんの多くは、常勤職員なのです。
調理職員数 常勤 非常勤
嘱託 パート
フルタイム
年間240日勤務
月16日労働 一日8時間未満
221人 45人 70人
職員配置基準 児童生徒数101〜200人=常勤2名・パート1名・栄養士1名
       201〜300人=常勤2名・パート2名・栄養士1名
       301〜500人=常勤3名・パート1名・栄養士1名
       501〜900人=常勤4名・パート1名・栄養士1名
 なお、栄養士が各校1名ずつ配置されていますが、調理業務はしません。栄養士は、常勤34名、非常勤33名となっています (以上平成12年度の例)

 学校給食は一日一食。実施は年間180日(小学校)です。

 いうまでもありませんが、一般の事務職や現業職の常勤職員は、「時間」を単位に働く立場。研究教育職や公選職とは異なり、その時間的拘束の対価(労働の対価)として、給料を支給するのが基本です。

 では、現状はどなっているのでしょうか?

 通常、一般公務員の常勤労働(フルタイム労働)といえば、一日8時間労働(一週40時間労働)で、年間240日労働が基本です(週休2日+有給休暇)。しかし、学校の場合、夏休みなどに大型休暇があるため、給食を実施しているのは、小学校192日、中学校180日に過ぎません。つまり、定められた労働日数のうち、48日〜60日は、給食のない日(=ほとんど仕事のない日)なのです。


 空白の60日間は、何をしている? 何をしていた?

 それでは空いている日は、いったい何をしているのか・・・? 公式見解では、日ごろ手の届かない消毒作業や日ごろできない残務、研修などを行っているということになっています。

 しかし、各方面に話を聞いてみても、そのような仕事に60日間もの日数は必要ないようです。また、そもそも「日ごろできない残務」といっても、給食は一日一食しかないのですから、フルタイム職員が「日ごろ時間的余裕がない」ということはないのです。

 唯一、必要なのは、「研修」でしょうか。しかし・・・給食ない空白の60日の間に行われている「研修」といっても、実施日数はわずかに2日しかありませんでした。

 当然、一般の公務員は、相応の時間定められた持ち場で、相応しい労働・勤労をしていただくことが必要です。過去には学校給食の地域活用(高齢者への配食サービスなど)も検討されましたが・・・どうやら組合と条件面で折り合わず、それも実施できずにきてしまいました。常勤(フルタイム)なら、常勤職員という名に相応しい勤労をしていただく必要があると思うのですが、残念ながら、これが延々と改善されないままになってきたのです。

 このような場合、おそらく民間であれば、年俸制を導入するなど、柔軟な対応をとることができたことでしょう。また、会社の規模によっては、時期的な配置転換も柔軟に行うことができたことでしょう。「給食の地域活用」といったことも、容易に実現できたことでしょう。

 しかし、公務員の場合は、法の制約もあり、なかなかそうもいかず、問題が解決されずに今日まできてしまったのです。


 区の管理職より待遇の良い調理員も

 常勤の給食職員の平均年収は、約800万円。なお、ベテランでは950万円の年収に、退職金は約2,800万円といった例もあります(平成11年度の場合)。

 この数字をもとにした手取り額や、安定した年金・終身雇用・有利な健保(共済)・安定した勤務時間・責任の比重などを考えていくと、その処遇は、課長など管理職よりも好待遇といえます。幹部レベルよりも待遇の良い給食調理員がいることの是非は、当然問われて然るべき問題でしょう。

※なお、「係長行政」などといわれることがあるように、区の課長(副参事)は、民間でいえば部長級に相当する権限を持つ身分であることにご留意ください。実際、区職員4700人のうち、課長以上の管理職は、わずか100名ほどしか存在していません。

 なお、給食調理を行う嘱託員の年収は、おおよそ230〜240万円。常勤の1/3の収入で雇用されています(退職金などを加味すれば、さらに格差は広がります)。

 職務内容や実働(必要労働時間)にそう大差がないにもかかわらず(とくに栄養士)、常勤公務員は格段に恵まれ、一方で非常勤や民間の方の労働環境は厳しい・・・この格差の存在のほうが、むしろ問題は深刻でしょう。

 「同一成果の同一労働」は、同一賃金を基本とすべきなのは、いうまでもありません。条件面で折り合わず、なかなか「学校給食の地域活用」が実現できなかったことからもわかるように、常勤職員が空いた時間に他の業務をやらないままである以上、もはや抜本的な改革は避けられません。

 たしかに、常勤の給食職員にとって、給食現場は、まさに天国のような職場であって、この「聖域」が侵され、民間の風が入ってくるのは、苦痛なことです。しかし、この財政難に、民間の実勢や待遇格差を無視するわけにはいかないはずでしょう。

 なお、参考までに、民間を活用にあたって誤解が多いようですので再確認しておきますが・・・民間人に調理を委ねるといっても、それは退職者が出た分だけであり、いま働いている常勤職員の雇用は守られます(これまでと同じ給与体系で、給食調理業務を続けていただくわけで、一切クビになりません)。この点でも、有期雇用の非常勤・パートさんとは明らかに異なります。


 民間活用以外の方法はあるか?

 さて、組合はこうした民間活用に絶対反対の姿勢でしたが、利害関係のない方からは、同じ反対といえども、比較的穏やかな意見が出されました。たとえば、以下のような意見です。

【1】 財政難というなら、公務員の給料を大幅にカットすべきではないか?民間並みの給料にすれば、従来どおり運営できるのではないか・・・という意見、
【2】 公務員は人数が多いのでリストラし、給食はすべて嘱託でまかなえば、民間人に委ねなくともよいのではないか・・・という意見
【3】  給食のない時は、給食職員に他の仕事をさせればよいのではないか・・・という意見
【4】 その他、日ごろ無駄が多いと指摘している部分のムダを省けば、なんとかなるのではないか・・・という意見
・・・といった感じでしょうか。

 それぞれ個別には説得力もあり、すぐに実現可能なものであれば、よいのですが・・・【3】【4】については、構造的な問題も多く、一朝一夕には改善しない問題が多いこと、また【1】【2】についても、国の法改正をしなければ、実現可能性がゼロであること・・・といった問題があり、すぐには実現できないことばかりなのです。


 公務員の給与カットやリストラには、法の制約が

 寄せられたご意見の中にもありましたが、公務員の待遇を簡単に民間並みに抑えることができれば、民間に仕事を依頼しないという選択肢もあり得たことでしょう。

 しかし、いま働いているフルタイムの給食調理員に対し、いきなり「来年から税込年収を450万円にさせていただきます」ということは、制度的にみて、実現不可能なことです。

 公務員の待遇には、地方公務員法などの制約があります。たとえば、一般の公務員は、かりに給与体系に不服があったとしても、ストライキを行うことができません。その代わりに、東京23区においては人事委員会が給与勧告を出し(国の場合は人事院が勧告を出します)、それを参考にしたうえで給与を決定する仕組みになっています。

 この勧告と法律を全く無視して、いきなり何割も大幅に給与カットすることは、できないことになっているのです。これは、公務員が労働基本権を制約されている代償として、公務員に補償されているものである以上、法改正しなければ、どうにもなりません。

 また、同様の理由から、公務員は制度的に終身雇用が保障されているため、法に基づかないクビ切りもできないことになっています(このため、公務員は雇用保険に加入する必要がなく、実際にも加入していません)。

 民間の一般通念からすれば、この低成長下に、こんなことが罷り通っている公務員の世界は、許し難いことでしょう。終身雇用が保障されているだけでも幸せなのに、あまりに恵まれすぎではないか・・・という批判もあることでしょう。

 しかし、杉並区に国の法律を改正できる権限はありません。あくまで、この現実を踏まえた上でしか、改革をすることはできないのです。(※なお、この点は、国で検討されている公務員制度改革の焦点にもなっており、今後の改正のゆくえを私も注目しています)。民間調理を選択する理由のひとつと言えます。


 民間調理で改善したもの

 すでに見たように、杉並区の給食職員のうちの7割は、常勤(フルタイム)職員として採用されています。この方々は、一度、フルタイムで正式雇用されてしまえば、よほどの不祥事でも起こさない限り、クビにすることも、大幅に給料をカットすることもできないのです。

 これが給食調理員の退職者を不補充とし、その分を民間に委ねる最大の理由と言ってよいでしょう。民間に委ねられることは、民間に委ねることがベターなのです。

 ただ、民間参入を認めることが有力な改善方法とはいえ、やり方が変わることで、食の安全が保たれないのではないか・・・という不安をもつ保護者の声が強かったのは事実です。

 実際に「民間では安全面に問題がある」「民間では食中毒が発生する」「給食に針が入った例もある」などという宣伝も流れました。

 たしかに、かつて堺市で起こった事件などで、O-157が発生したズサンな例があり、それを例に「杉並もセンター方式になって堺市のようになる」「営利企業のつくる給食は不安だ」と宣伝している方がいたという話です。誰かが恣意的な宣伝活動をしていたのかもしれませんが・・・ただ、民間の場合は、ズサンなことをすれば、すぐに契約が切られてしまいます。また、経営も傾いてしまうことでしょう。

 これが終身雇用の公務員となると、そう簡単にはいかないことは、前述してきたとおりです。

 ところで、都内では、教職員組合の力が強いためか、各地で「強化磁器食器は重く洗うのがたいへんなので、メニューの工夫で皿の枚数を減らす」といったような珍妙な現象が起きていたことは、ご存じでしょうか?

 どうやら皿の枚数が増えると、労働強化になるということのようです。年収平均800万円もありながら、年間180日しか給食調理をしないにもかかわらず、重いとか洗うのがたいへんなどと、おっしゃっているのですが・・・みなさんは、これをどのようにお考えになるでしょうか?

 他の地域では、「民間に調理をお願いするようになってからというもの、お箸とナイフ・フォークが一緒に出てくるようになって食べやすくなった」というように、民間活用でむしろ状況が改善した例もあります。「民間」だからこそ事態が改善したひとつの事例でしょう。過去には給食の先割れスプーン問題が話題になったこともありましたが、「食育」とは、マナー教育でもあり、調理員の都合でテーブルウエアの数を減らすなど、言語道断ではないでしょうか?

 なお、参考までに、すでに杉並では、障害者施設の給食調理を民間に委ねていますが、現在のところ、特筆すべきような大事件は何も起こっていません。


 その2へつづく
  学校給食調理を考える (その2) 談合の温床・参入規制は撤廃すべきだ
                 (その3) 必ずしも常識ではない給食の提供
                 (その4) 9月から区内3校で民間調理を実施

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